-ホテル滞在にプラスしたい旅先ガイド-
天気がよい日はカメラを
持ってまわりたい。
「山中湖」の観光地で
味わえる“非日常”への
小さな旅
掲載内容は取材当日の内容となり、営業時間・料金など変更となっている場合がございますので、各スポットにお越しの際は必ず事前にご確認ください。
特別なホテル滞在に彩りを添える、立ち寄りスポットを紹介。
「山中湖」では、霊峰富士が眼前に迫る、時を超えたような 唯一無二の場所を、湖畔に写る絶景を求めて旅をする。
シャッターをゆっくりと押したくなるような、タイムトリップ案内。
河口湖から富士吉田市を通過して山中湖に至るルートは、定番だけど味わい深い。富士山以外に目線を遮るものがないから、車窓の風景にうっとりしているとあっという間に目的地に到着する。パートナーと一緒に唸りながらも楽しくひねり出したプランを遂行するため、今回は春めいてきた山中湖へ。高速を降り、いよいよ目線には霊峰富士が迫ってくる。今回の旅のテーマは、カメラを片手に「非日常の世界へ」。
霊峰を眺めつつ、最初の扉を開ける。旅先で出会う美術館が好きなのは、それが一期一会だと思えるから。〈久保田一竹美術館〉もそう。インドの古城から持ち帰ったという門扉や、ガウディを模したエントランス、樹齢1000年の木で組まれたピラミッド型の本館……。久保田一竹(くぼたいっちく)という希代の染色家の夢うつつが、宇宙観となって美術館全体を覆っている。
「和も洋も溶け込んだミクスチャーな空間にしたい」骨董商の家に生まれ、美しい中近東のガラス玉に魅せられた久保田一竹の夢舞台は、歩くだけで迷い込み、カメラを向ければ異次元を映し出す。そんな仕掛けが随所にあって時間を忘れさせてくれる。
美術館を出て富士吉田の街をぶらついていると、「新世界」という路地に迷い込んだ。機織りで栄えた街は、かつては200軒ほどがひしめいていたという歓楽街であったという。僕の昭和談義にはさほど耳を貸さないパートナーも、往時をしのぶこの懐かしい街並みには心を奪われたようで、普段見かけることのない風景にカメラを向けて、ぱちりぱちりと思うままにシャッターを切る。
時代を懐かしむ僕の目線と、知らない時代を新鮮に感じ取るパートナーの目線。路地からいつも顔を出す富士を住民は特別な風景だとは思っていない。誰かの日常が、旅人にとっては非日常になるから面白い。歩いたことがないのに、記憶に仕舞われているような路地。呼び覚まされる記憶こそが、タイムトリップなのかもしれない。
さて、昼時を迎えてここで小休止。ホテルの豪華な夕食の前に、昼は「うどん」か「ほうとう」など、地元に根付く店に足が向く。旅人は“元祖”という言葉に弱い。立ち寄ったのはそんな元祖・吉田うどんの名店〈桜井うどん〉。年季の入ったのれんをくぐると「あったかいのでいい?」と声をかけられる。戸惑う僕たちに常連のおじさんが教えてくれた。
「温かいのか、冷たいのか。ここは2種類だけだから。もう50年くらい通ってるけどね」。昔は民家でうどんをつくっていて、お昼時に近所の人たちに振る舞っていたのがその始まり。店の中は実家にいるような懐かしさでほっこりする。
ここではうどんをつくるのは男性の仕事だ。織物業が盛んな土地柄、女性の作業を止めないことと、彼女たちの手先を守るために、うどんづくりは男性の手にゆだねられてきたのだという。年間を通して採れる地元の甘いキャベツにコシの強い歯ごたえのある麺。富士のおいしい水で磨かれた極太麺が、するすると喉を通り抜けていく。午前中、非日常を歩いてきた僕たちの胃袋に、懐かしくてやさしい味が心地よい。
〈ほうとう不動〉は〈桜井うどん〉と対照的だ。ほうとう屋さんの概念を覆す、まるで“雲のような”エキセントリックな外観。建築家・保坂猛氏による独特な建築で、後ろの富士山と一体化するように設計されている。こんな空間でたぐるほうとうも、また趣が変わってよい。自慢のほうとうは、コク深い味噌ベースのスープに野菜の旨味が溶け出し、もちもちした麺に絡み合い、終わりなき旅に出てしまう……。
この小さな旅の休憩所としてどちらを選んでも旅のエッセンスになることは間違いない。
午後は、山中湖の周囲を滑るようにクルマを走らせる。「忍野八海(おしのはっかい)」は外国人の友人がこぞって褒め称えていたから気になっていた。点在する8つの湧水池を巡りながら、水の透明感に感動し、ため息交じりにシャッターを切る。ここには外国人が求める日本の原風景があるのだと納得する。
一日の終わりが旅の終わり。探しているのは、湖面には逆さ富士、宙を星々が流れる見たことのない景色。無数に撮影場所があるので決め切れなそう……という心配は無用。湖面沿いには富士を見るための公園や見張り台が点在していて、そこには必ず“先輩”カメラマンがたくさんいる。おっちゃんとの会話がまた飽きない。
「風が強いからここからは逆さ富士は難しい」「白鳥が撮りたいならあっちに二羽いるぞ」とか、親切すぎるくらいに教えてくれる。
目には見えない星空の軌道が、カメラの画面に浮かび上がってきた。目の前の湖面には逆さ富士がばっちり写っている。遠い星々と眼前の富士。時が止まったような静寂の世界が包んだ。